昨夜書き忘れたので補足φ(..)
竹中平蔵氏は、何かにとり憑かれたかのように自由を標榜するが、恐らく定義を履き違えているか、わざとやっているかのいずれかだろうね。印象付け、刷り込みってヤツね。

ここで藤井聡教授の言葉を引用させてもらうと…


『“自”分に、十分に説得的な事“由”があることを為す』という趣旨を込めたと言われている。事由とは、『道理』すなわち『人の行うべき正しい道』を意味するものであるから、自由とはつまり、『人の行うべき正しい道に沿って行為することにおいて制限がない』ということを意味しているのである。自由という言葉の字義を踏まえるなら、ただ単に、好き放題、制限なく何もかもを為すことができることを意味しているのでは決してないのである。


ウム…深いな。つまり新自由主義の人達が云う自由は本来の自由とはかけ離れてるってこった。

失業する“自由”倒産する“自由”貧乏になる“自由” 等々が、俺の偏見による新自由主義者達の云うところの“自由”だね。実際、竹中がこれに近い内容を宣ってるのはご案内の通り。こういう奴らに今後牛耳られていくのなら、我が国が先進国から脱落するのは時間の問題かもね。