――また、悪夢を見た。辺り一面燃え盛る炎に包まれ、その向こう側にいるのは…一体誰なんだ?誰かがクスクスと笑っている。
「ゆ、夢か…」
鼎はガバッと目覚めた。変な汗というのか、体が変に熱い。火照っているのだろう。
火傷の影響でうまく体温調整出来ないせいか、1度こうなるとなかなか寝つけないでいる。
寝室をよろよろと出た鼎はキッチンへ行き、水を1杯飲んだ。
だんだん落ち着いてきた…。それにしてもなんだか気持ちの悪い夢。
鼎の相棒である対怪人用日本刀型ブレード・鷹稜(たかかど)は眠る時は元の日本刀の姿になるのだが、この時ばかりは人間態へと変わっていた。
「どうかしましたか?顔が見えなくても私にはわかります。具合…大丈夫ですか?」
「……鷹稜…ものすごい悪夢を見たんだ。火に関する夢は…キツい……」
明らかに辛そうな声。
あの事件の夢でも見たのでしょうか…。主(あるじ)は…。
翌日・ゼルフェノア本部。
宇崎はいぶかしげに鼎にある封書を渡す。
「お前宛に封書が届いてたが差出人は不明。解析班で先に内容物を調べといたが不審物は入ってないから渡すよ」
解析班ってそういう仕事もあるのか…。
鼎は渋々封書を受けとる。
「解析班はテロ対策も兼ねてチェックしてるんだよ。不審物チェックは毎回してるから安心しな」
「…わかったよ」
宇崎は思った。鼎の声に張りがない。朝からあいつ、元気がないというか…。
ずっとうつむいている。仮面で顔が見えないせいか、余計に何を考えてるのかわからないが。
「…室長、どうかしたんですか…」
「お前…いつもよりなんか元気ないなーって…。なにかあったのか?」
鼎はポツリと話始める。
「ひどい悪夢を見た。気持ち悪いくらいにリアルなもので…寝不足になった」
夢の話かよ…。彼女の場合は悪夢=火に関するものが異様に多い。あの事件と火が直結しているからだろうな。
鼎は恐る恐る封書を開けてみた。そこには1枚の便箋が。
『明日の午後、江東区某所の
ビルに来てください。お待ちしています。
ビルの中に入る時は「1人」でお願いします』
ビル…?江東区某所……。
彼女は何かを思い出しそうで、思い出せない。
「室長、江東区某所にある
ビルについて何かわかるか?」
「江東区の
ビル?ちょっと待ってろ。手紙に書いてあったのか?」
「…あぁ。思い出しそうでなかなか思い出せない…」
宇崎は自前のPCで検索。結果はすぐに出た。
「メインモニターを見てみろ。データを反映させたから。これが江東区某所の
ビルの外観だ。何か思い出したか?」
鼎…しばし無言になる。
彼女の脳裏にフラッシュバックしたのは数年前、イーディスと共に復讐代行した記憶だった。
「このビル…あの事務所がある場所だ…」
「このビル、今は廃ビルだぞ?心当たりでもあるの?」
「…ある。ものすごくある。かつてイーディスと私が復讐代行していた事務所があった場所…」
それがこの江東区某所にある
ビル…。差出人は誰なんだ?イーディスか?
宇崎は鼎の手元を見逃さなかった。手元が小刻みにカタカタと震えている。
差出人は…イーディスみたいだな…。あくまで推測だが。
「ちょっとそれ見せて。解析班に筆跡鑑定してもらうから。お前の警護も強化する。因縁あるやつから送られてきたんだろ…」
「おそらくは…」
解析班。
「この手紙、筆跡鑑定入りまーす。司令補佐宛に来た、差出人不明の怪しい手紙だから慎重にね」
朝倉はバンバン仕切る。矢神はだるそうにつぶやいた。
「僕達も忙しくなりましたよね。封書や小包の不審物チェックとか」
「変な連中が襲撃してくるから強化してんのよ。これはテロ対策でもあるんだから」
神は筆跡鑑定を終えたらしい。
「朝倉、筆跡鑑定が出たぞ。イーディス…『六道樒(しきみ)』で間違いない」
「イーディスが司令補佐に何を仕掛ける気なの…?罠じゃない?」
司令室では。
「筆跡鑑定が出た。イーディスによるものだと判明したよ。この文面からするに罠じゃないか?」
「……罠…」
司令室に梓が入ってきた。
「すいません来るのが遅れてしまって。鷹稜から話をつらつら〜っと聞いてたんで」
「鷹稜から?」
宇崎は首を傾げる。
「鼎が見た悪夢のことについて聞いてたんだ。そうしたら主は相当うなされていたと。おそらく火に関するものを見たのではないかとね。体が熱くて目覚めたと聞いてさ。
あんたは体の体温調整が難しいんだもんな…。その身体の火傷のせいで…。辛いよな」
「……辛いよ。あれ以降、並みの生活が出来なくなったんだからな…。当たり前が当たり前じゃなくなった時の絶望を知らないだろう」
梓は朝から重い話を聞かされて参ってしまう。
「鼎、まだ午前中だぞ…。朝から重いって」
「…すまない」
「いや…謝る必要はないでしょ。あんたは悪くないんだから」
しばらくして。
「イーディスから封書が来たのか…。それどうすんの」
梓は切り出す。
「まだわからない…。ビルの中に入る時は1人とある時点で怪しいが…行くべきか迷ってる」
「どっちにせよ、そいつとは決着…いや決別したいんだろ。鼎は」
「あぁ」
「まだ時間はあるからゆっくり考えて。行くか行かないか、決めるのはあんたなんだからな」
休憩所。
「なんで俺が鼎の警護に明日つかなきゃならんわけ!?」
御堂は宇崎にギャーギャー言ってる。
「イーディスからあいつ宛に封書が来てるんだ。梓以外で警護に向いてるやつだと和希、お前が適任なんだよ。鼎とも付き合い長いし、あいつを熟知してる。
警護は明日だけでいいから…な?」
「はいはいわかりましたよ。…鼎はまだ決めてないのか」
「…みたいだぞ。あいつからしたら因縁あるやつだし、俺達が勝手に割り込んだらいけないと思うわけ。和希はわかっているよねぇ?」
わかっているわ、それくらい…。
今日はやけにフラッシュバックが激しい。くらくらする。目眩なんだろうか…立っていられない。
「鼎!しっかりしろ!!おいっ!」
梓は必死に呼び掛ける。彩音も駆けつけた。
「気ぃ失いかけてるよ!鼎!」
「梓…と彩音…?」
気づいたら体を支えられていた。まだ目眩だろうか、くらくらする。それにしても強烈なフラッシュバックだった。あまりにも強烈な…。
「救護所行った方がいいよ。やっぱり今日の鼎…様子がおかしい…。体火照ってる…」
彩音も気づいたらしい。彼女は火傷の影響で汗をあまりかけないぶん、熱が籠りやすい。
度合いによっては体の熱を逃がし切れずに、最悪の場合死に至るとかなんとか聞いた。
「体を少し冷やさないと…。ごめん鼎、救護所行こうか。そこなら人目はないから」
「わかった…」
彼女の声は辛そうだった。
救護所。彩音は手慣れた様子で処置してる。
「急ごしらえでごめんね。冷却シートをこことここに貼ればだいぶ違うはずだよ。首の後ろ、貼ろうか?」
「ありがとう」
彼女の声に力が戻っている。
「どう?楽になった?」
「だいぶマシになったよ。冷却シートという手があったなんて」
「お役に立てれば嬉しいよ。鼎はもう少し、休んだら?色々悩んでるん…だよね…」
「…悩んでるよ」
イーディスの手紙に乗るべきか、否か。
都内某所・廃ビル。
イーディスは鼻歌をふんふん歌いながら、さらにセッティングをしていた。
「ずいぶんとご機嫌だな、イーディス」
「矩人(かねと)、何の用なのよ」
「明日が楽しみだと當麻様が言ってましたので、伝えに来ただけだよ」
「見物しに来るの?」
「まさか〜。なんでわざわざ現場に行かないとならないのさ。當麻様は高みの見物だよ?」
「でしょうねぇ。ま、明日の午後…楽しみにしてなさい。鼎を処刑するからさ…うふふふ」
処刑か。だからこの部屋にはポリタンクが2つ置いてあるわけね。
火が苦手だとは聞いたな…紀柳院という女は。ま、俺からしたらどうでもいいけど。
イーディスはこの仮面の女に対して、一方的に私刑をしたいのはわかってる。
イーディスはまだ知らないんだな…。當麻様が消そうとしていることに。
仮に気づいたとしてももう遅いがね…。
矩人はビルから姿を消した。